僕は29才の研修医です。
一昨年の五月のことです。
その日は土曜日でしたが僕の受け持ち患者の状態がおもわしくなく、朝から
大学病院につめていました。
昼過ぎから一進一退の状態が続きましたが、治療の甲斐もなく日曜の明け方
なくなられました。
そのときの深夜勤の看護婦だったのが二年目の23才の真央でした。
僕が指導医のドクターに死亡診断書の書き方を教わっている間、真央は先輩
ナースと御遺体の処置をしていましたが、ふと見ると泣いていました。
処置が終わると彼女は看護記録を書き始め、詰め所で二人になりました。
「こんなんでいちいち泣いてたら仕事にならないぞ。」
僕がちょっとえらそうに言うとたちまち反論をうけました。
「先生だって泣いてるよ。」
本当でした。
いつのまにか僕の両目からは涙があふれていました・・・
それからしばらくして患者さんの御遺体を乗せた車をスタッフで見送ると、
指導医の先生が
「ご苦労さん。家でゆっくり休みなさい。」
と肩をポンとたたいてくれました。
とはいえ他の患者もいるのでひととおり見てまわり十時頃着替えて帰ろうと
していると私服に着替えた真央と会いました。
「これからどうすんの?」
「モーニングでもいこうかなって思ってるけど。」
「じゃあ一緒に行こうよ。」
そして二人でモーニングを食べたのですが、なかなか言葉が出てきません。
「やっぱショックだよね、初めては。・・・私も直接立ち会ったのは初めて
なんだ。」
そこからまた会話がとぎれました。
こういう時間を共有したもの同士なにか感情が芽生えるのでしょうか、気が
つくと近くのラブホでお互いの躰を狂ったように貪りあっていました。
あとで先輩に聞いた話ではそういうときに医師と看護婦が出来るのは、よく
ある話だそうです。
それにしてもそのときのセックスは激しく、二人とも一睡もしていないのに
夕方まで求め合いました。
初めて遭遇したリアルな「死」におびえ「生」というものを確かめたかった
のかもしれません。
そのあと死んだように深夜まで眠り、起きてはまたセックスをし、結局家に
帰ったのは月曜の早朝でした。
僕も彼女もそれぞれ恋人はいたのですが、その後もお互いの恋人に内緒で
たまに逢いセックスする関係になってしまいました。
結局この関係は半年ほどでピリオドがうたれます。
僕が地方の病院に赴任することになったからです。
今また、病院のナースとつきあっていますがあの時ほど激しいセックスは、
経験したことはありません。
やはり、患者さんの死に遭遇したことによる異常な心理状態が、そうさせた
のでしょうか?
悲しいかな、今は人の死に鈍感になりつつあるような気がします。